『おとこの口紅』(常山プロダクション著/まんだらけ出版部)が面白い!
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本書の内容から逸脱し、さらには内容にまるで触れない場合すらあります。
ご海容ください。
それぞれにそれぞれの雨が降る
『おとこの口紅』(常山プロダクション著/まんだらけ出版部)
昭和60年から連載され、好評を博しながらも単行本化には至らなかった埋もれた名作が、Twitterをきっかけに蘇り、話題となりました。
それが『おとこの口紅』です。
おとこの口紅 復刻への道
昭和末期の浅草。
舞台は、和装のゲイバー「和風くらぶ竹」。
この店のドアを開ける、ゲイをはじめ、ブス、老人、やくざ、人殺し、変態ほか。
往時の疎外者たちの「生きづらさ」を、情趣たっぷりに描いた作品です。
関西人の僕ですら伝わってくる、しっとり(じっとり)した東京の気風、浅草に吹く風。
シリアスな内容なのに、ギャグマンガを思わせるコミカルなタッチ。
たとえシビアな場面であっても、作者である兄弟漫画家「常山プロダクション」は登場人物の誰をも責めずに包み込むように、心の機微をやさしく温かな目線で描きます。
むしろ絵柄がコミカルだからこそ、読者はデリケートなテーマに向き合える気がします。
まず、絵が圧倒的にうまい。
決して賑わってはいないネオン街の吹きぬけきれない空気、恰幅がいいママの和服の着こなし、ウイスキー「だるま」が並ぶ店内のムード、ヒゲを抜く描写……たまりません。
これほど描ける漫画家が筆を折っているとは……。
そして「読み切り漫画でここまで!」と思えるほど構成が見事。
アウトローの世界を暴く東映映画のよさと、人情味豊かな松竹映画のよさが融合しているかのようです。
そうとう取材をしているのでしょう。
この漫画には、雨のシーンがよく登場します。
まるで涙を隠してくれるかのように。
カラオケスナックから漏れ聞こえる、霧雨の向こうから聴こえてくる、人間賛歌、人間哀歌。心にわわぁんと響き渡る、エコーがよく効いた漫画なのです。
常山プロダクションについて(文:稲村芳裕)
常山孝と陽二の兄弟から成る。
孝は1944年7月生、陽二は1948年5月生。
広島県福山市鞆町生まれ。
孝はさいとう・たかを「台風五郎」などの貸本劇画に夢中になり、漫画家を志す。
棚下照生のアシスタントを経て1971年デビュー。
陽二は手塚治虫などの系統の作家を好んで育ち、上村一夫の影響を受ける。
孝が独立した頃から孝の手伝いで漫画を描き始める。
「常山陽二」「常山鞆」などのペンネームを用いるがほぼ全て兄弟の共作である。
1973年『土曜漫画』誌連載の「男性哀歌」以降、人間の生きる姿を丹念に描く作品を発表し続ける。
数年のブランク期間後、1985年『別冊週刊漫画TIMES』誌「おとこの口紅」で復帰。
その異色の内容から読者からの反響を得るが、単行本化は見送られ当時の読者以外には知られぬ存在のまま80年代末に活動休止する。
「人の生き様のドラマです。アウトローのこの世界に焦点をあて、『人の生きる』を追及したつもりです。楽しんで頂ければ幸いです。」(常山孝)
『おとこの口紅』
全2巻
常山プロダクション著
まんだらけ出版部
2,000円+税 (税込 2,160円)
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